So-net無料ブログ作成
検索選択
その他 ブログトップ

母のリスニング力 [その他]

ちょっと離れた部屋にデッキがある、我が家での聞き流し。
あまりまともに英語の音が届きません。
なんとなく聞こえている程度。
あまり聞こえすぎるのもなんなので、ちょうどいいということにしていますが・・・いいかどうかは知りません^^;

そんな状況ですから、まず聞き入ることはありません。
聞き流しができず聞き入ってしまうという私の性分でも、これならいけています。

以前、旦那が観ていた字幕の洋画DVDの英語がすんなり耳に入るようになってきたという実感があったことを記録したことがあります。
さらに時間が経過し、昨日のこと・・・

『リトルチャロ』のCDを掛け流しているときに、洗濯物を干していました。
干している場所とデッキの位置は比較的近く、音が届きやすい状態にあります。
そんなことは特に構わず、しばらくフツーに洗濯干してたんですが・・・

アレ?
私、今聞いてたストーリー把握できてたかも??

なーんの意識もありませんでしたが、ふと英語を聞いていたことを自覚しました。
そしてストーリーを把握している自分に気が付いたのです。
・・・私、この話元々知ってたっけ??いえいえ、知りません。

その後、意識して英語を聞いてみました。
・・・・・
やっぱり、すんなりわかります。

おーーー!!
私のリスニング力、向上してるじゃんーーー!!!

私は半年のワーホリ経験がありますが、当時のことを思い出します。
なかなか会話はできないうちでも、まず耳から慣れてきて、うまく単語を拾いながら聞き取り、それに対してカタコトで話す、そんな経過をたどったように思います。
耳が慣れてくると、映画はそれなりにわかり楽しめていました。

そのころのリスニング力に匹敵しているかどうか・・・
多分、あちらに居たころのほうがわかっていたんだと思いますが、今は今でとっても自然に聞けているようです。
なぜ?

英語に対する警戒感は、あちらでの生活に慣れてきたころでもかなりありました。
まぁ家にいながら聞く英語には臨場感があるわけではないので、構えることが少ないのは当たり前なんですが、それでも基本的な英会話なら日本語を介さずとも瞬時にわかるという自信を今は感じることができます。

ワーホリに行くまで、私は高校以降まったく勉強してなかったので、私の英語は学校英語のみ。
英会話学校くらい行っておけばいいのに、海外旅行好きでそれまで何とかなっていたので、そのままニュージーへ飛び立ちました。
そんな『英会話』知らずの私、英会話の基本?がわかってないことはハードルとなりました。
今は、そのハードルが取れた感じというんでしょうか。

たかが幼児英語。
されど幼児英語。

いやぁ、自分で上達を実感できるってうれしいですねぇ♪

上達の実感は、音読もそう。
絵本大好きおチビたち、日中も絵本の読み聞かせをよく催促してきます。
ほとんどは日本語の絵本ですが、ORTはやはり好きで日に数回読み聞かせさせられます。
図書館で借りているORTは、6冊まとめて綴じてあるため、それら全部を一気に読むはめになります。
今はStage2で、16ページ×6冊・・・それなりの量。
毎日、最低でもこれだけの音読は欠かさないし、もちろん他の英語絵本を読むこともあります。
ちょっとずつでも、継続の力ってすごいなぁ。
これは、きっとおチビたちにとってもそうなんでしょうね。

私自身が実感できてるってことは、おチビたちと英語をやっていくうえで、とても励みになります。
これだから面白いんですよね。
そして、母がそう感じていることは、おチビたちにきっといい影響を与えることだと思います!
コメント(0) 

日本を知ること [その他]

先日、新聞で読んだ記事があって・・・すっかり細かいことは忘れていますが・・・

ある方は、中学生になったころ語学に興味を持ち、英語と他数ヶ国語の勉強を始めました。
そして、海外旅行などでそれらの言葉を使うことがエキサイティングで、ますますがんばるわけです。
大いに時間を費やし勉強しました。

しかし、その方は現在国際的に渡り歩き執筆活動をされるなかで、結局そのことを後悔していると言います。
中途半端に語学を学んだ膨大な時間を、もっと日本について学び、古くからの名作を読み漁るなど、日本について学んでおけばよかったと感じるそうです。


もうひとつ。
これは私が仕事で原稿を頂いてる、アメリカ在住の方の話。
若い頃に留学し、その後渡米されているのですが、日本の中学生に対しこんな感じのメッセージを残されています。

海外にいると、自分のルーツが必要。
そうでないと、無国籍の根無し草になってしまいます。
そのためには、日本について勉強する必要があります。

真の国際人とは、ただ外国語を話すことができる人を言うのではありません。
自国を知り、自分の国を誇り、なおかつ他国を尊敬することが必要です。


・・・と、こんな感じ。
外国に居れば、この人は日本人だというメガネを通して見られます。
それは、私自身が半年ニュージーランドに住んでいて、出会う人たちがどこの国出身かを把握しつつ会話していただけに、はっきりと実感します。
自分が日本人であるという自覚は常にありました。
英語が未熟なだけに表面的な話しかできない間はごまかせても、やはり話せてくると対等な意見を持てる人間でないと相手にされないだろうというのは、察することができます。

結局『何のための英語』かってところでしょう。
意見を伝えることができないと、英語が話せてもただの日常会話です。
その意見というものを持てるかどうか。
英語で意見を述べることができる英語力をつけるとしたら、膨大な時間を英語に費やさないといけないでしょう。
でもそうすると、物事を熟慮できるだけの多くの経験を犠牲にしなければならないのかもしれない。
英語が話せても、考えが未熟であっては、『何のための英語』かということですね。


私は、戦時資料館のようなところを手伝っていました。(やや進行形でもありますが)
戦争の話は、負の歴史だけに日本人は避けて通る話で、なんとなくイメージがよろしくない。
教育がそうなんだから、これは若い日本人が共有するものではないでしょうか。

昔は憲法も教育もおかしかった、あのころを生きた日本人はかわいそう。
中学などで勉強したその時代については、それくらいのことしか思ってませんでした。
それが必ずしもそうでないことが、今ではそれなりにわかります。
いくらか知るようになってくると、やはり究極の体験の中で日本人の本質というものが見えてきます。
このあたりを知ると、今の日本は一体何をしているんだろうと、危機感を感じてしまいます・・・

特攻隊だった方々は、遺書を残して出撃しました。
それらの遺書には「あとを頼む」という願いが書かれています。
特攻隊で亡くなった方々は、自分のさまざまなしがらみを断ち切り、攻撃に向かいました。
そして次代の人間に、自分なきあとの日本の将来を委ね、命を捧げたのです。
つまり、私たちは「あとを頼まれ」てるんです。
戦死された方々の思いを受け止めなくてはいけません。
日本人として、人間として。
私利私欲のために生きる現代、このような先人の姿を心に焼きつけて、敬意を表し襟を正すべきでしょう。
日本人として誇りをもって生きた先人の思いを心に刻んでおく、それは今を生きる日本人に必要なものだと思います。

ちょっと(ってかかなり!)話が濃くなりました^^;
ですが、日本について考えるうえで、どうしても触れておきたかった話です。


母国語がおろそかになるだの、幼児期の英語には賛否両論がありますよね。
でも、日本語を見事に操れたらそれが立派な日本人かというと、それだけではただの日本人です。
母国語が形成されていても意思も意欲もない人間が、今の日本には溢れています。
肝心なのは、母国語論争ではなく、子供に対して英語以外にどれだけ充実した経験を与えてやるかではないでしょうか。
そして、子供の「生きる力」を育んでやりたいところです。
(「生きる力」wikiより要約→自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力。また、自らを律しつつ、他人とともに協調し、他人を思いやる心や感動する心など、豊かな人間性を持つこと)
英語に時間を費やすあまり、そういった力が育めなくなることに警鐘を鳴らすべきです。

『日本を知ること』
私は、心底この意味を理解しているわけではありません。
英会話本に載っているような、日本のネタをしゃべれるようになれって意味だとは、もちろん思ってませんけどね。
日々脳裏にあります。
コメント(0) 

我が家の教育方針!? [その他]

やや脱線するようですが、我が家の教育方針?について。

私は多分、それなりに教育熱心な親だと思います。
でも、幼稚園や小学校受験などまったく興味はなく、むしろ『お勉強』は一切させません。
どこが教育熱心?

それは、情操教育に熱心!これに尽きるでしょう(笑)

順位はないけど、これだけははずせない我が家の日課はコチラ。

●自然の中で遊ぶ
●絵本を読む
●絵や工作をする

これらは英語より優先順位が上です。
英語に触れる量が少なくなろうとも、これらをはずすことはありません。

これらの実態、我が家の場合をご紹介します。

●自然の中で遊ぶ
これは、ただ外で遊ぶというわけではありません。
ここでは、公園などの遊具で遊ぶことを言っているわけではなく、あくまで『自然の中で遊ぶ』ことを言います。
自然の中で遊ぶことで、体験を通して自ら発見する喜びを知ります。
ささやかな光景に反応し、敏感に物事を見つめ、探求します。
好奇心や感受性を養い、能動的に発見していく力が養われるものと思います。
今の時代、おもちゃなどモノが溢れ、自ら能動的に遊びを見つける力を持った子が本当に少ないなぁと感じるのです。
「外に行っても何も遊ぶものがない~」「何して遊べばいいの~」なんて声をよく聞きます。
おチビたちは、庭でいくらだって遊びを見つけて楽しむことができるし、おもしろい発見をしたり探求できるので、外遊びは大好きです。
というわけで、なるべく自然との接点を持たせてあげるようにしています。
P1060895.jpg
↑お庭で泥遊び~^^;;

●絵本を読む
これは言わずと知れた情操教育のひとつですが、私は文字を覚えさせたり発語を促す意味などで絵本を利用しようと思ったことは、まったくありません。
絵本というものは、子供にとって宝物のようなもの。
その夢の世界を壊さないように、楽しく面白く素晴らしいものとしてたくさん与えてやってきました。
ただ、それとは切り離しているため、英語については邪念が多いですが、それは《たぁ》なんかは了解済みって感じです(笑)
本人もそろそろ、知識欲も出てきてますしねー。
それはさておき、我が家では何冊読もうという目標など一切ないですが、おチビたちに付き合っていると日に10~20冊ほどの読み聞かせ、あとは《たぁ》は絵本10~20冊程度と図鑑を自読してるし、《ゆぅ》は絵本を開いてうそっこ読みしたり指差ししてること日に1時間以上じゃないでしょうか。
とにかく絵本好きに育っています。
P1070256.jpg
↑今日は絵本じゃなかった・・・細かい字の昆虫図鑑を読みふける《たぁ》。すべてルビを読まなきゃいけないので、かなり目を近づけててヤバイです^^;;

●絵や工作をする
これもやはり日課です。幼稚園に通う《たぁ》でも家で日に1時間は何か描いたり作ったりしています。《ゆぅ》なんて、多分その倍以上でしょうね。
もちろんノルマなんてないのですが、おチビたちは絵も工作も大好きなので、時間ができるとすぐに催促。
手間が許す限り、粘土遊びやら水彩などもさせてやります。
おチビたち、自由な発想でモノを創り出す楽しみを味わっています。
かなり集中して取り組んでいて、絵も工作も大好きです。
P1070209.jpg
↑気付いたら大量のおえかきを生産してました~^^;;

●その他
音楽でもときどき遊んでいます。
電子ピアノの曲などをかけて踊ったり、太鼓など楽器を合わせたり。
たいしたことはやってなくてただ楽しんでるだけですが、《たぁ》の懇談のとき「音楽教室に通ってるのかな」って言われたくらい、どうやら楽器が上手みたい。
ちなみに《たぁ》の幼稚園(私立)は、音楽と日本文化に力を入れているところです。(英語も知育もない幼稚園でーす)

こんな感じでしょうか。
英語以外は、ほとんど上記の日課だけで埋まっているようなものです。
・・・って全部遊びですけどね(笑)

これで、小学校以降の学力に不安がないか?というと、100%「不安ない」です。
これだけ本が読めて、これだけ理解力・認識力があって、これだけ集中力があって、これだけ創造力があるんですから。
もちろんこれらは、学力に限らず生きていくための力でもあります。
特に《たぁ》はシャイな子なので、社会性にやや欠けている現状ですが、今は無理に人と多く接させたりするより、本人の内の力を蓄えて自信を持たせてやりたいと考えます。

で、そんな情操教育派の我が家なのに、何で英語?

そう。
英語は『お勉強』じゃなくて、コミュニケーション手段なんですよねー。
そして、私にかかれば、何でも情操教育・・・遊び?となりますから!

とはいえ、あくまで目的はお遊び英語ではありませんけどね。

以上、我が家の教育方針でした。
(教育方針なんて考えて育児したことはないのですが^^;)
コメント(0) 
その他 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。