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勉強の習慣化 [《たぁ》5歳8ヶ月《ゆぅ》2歳10ヶ月]

購入後ざっと試し記事にもしていた、『Let's Go』という児童英語教材があります。
ときどきCDの掛け流しはしていましたが、最初のとき以来テキストは広げることはないまま今に至ってました。
我が家では、まだ英語をお勉強として取り組ませてはいないからなのですが。
でも、久々に先日、掛け流しをしながらテキストを広げてみると・・・
《たぁ》が食いつきます。
どんどんリピートもするし、先回りをして答えていきます。
二択クイズになっている部分も、すべて正解。
こんなにわかってるんだぁと、改めて気付きました。
そして、CDの半ばまでやったところでパパ帰宅のため中断したら、「お風呂のあとにまたやりたい」。
ふーむ。
やる気も十分あるんだな。

5歳を過ぎたあたりから、知的探究心がますます高まっていくのを感じるようになり、なるほど小学生になる下地が芽生えてくるもんだなぁと思っているところです。
最近オセロにハマっているのですが、2~3手先くらいまでは読んでいるみたいで、本当にじっくり考えています。
今では、弱いパパとは互角勝負をしていますが、まだオセロ歴半月ってとこでしょうか。
コツは私が伝授しているのですが、その意味をよく理解して打っているし、学ぶ態度としてしっかりやれてるなと思います。
こうやって脳ミソを働かせ知恵をひねり出していくことが、ただ暗記して覚えていくだけでない本来の学びだと思うのです。

本当に、誰が幼児に丸暗記が有効と唱えているのでしょうか。
就学も近くなった今だからこそ、そういった教え込みは不要ということを明確に感じます。

ただ、そろそろ時期が来たかなぁ。
勉強の習慣化なんてことは、私は今の時点でまったく不要と思っていますが、ときどきでもワークなど取り入れて、問題を解ける面白さを感じさせてやってもいいかも。

勉強の習慣化。
年長になると、小学生になる下地として、一日10分でも机に向かってお勉強することが必要かのように言われています。
もちろん子どもによってはその必要があるかもしれません。
けどうちの場合、おチビたちはかなりの時間机に向かって遊んでいますから、あえて勉強が必要と言われている意味が理解できません。
人の子の日常のことはわからないわけですが、みんなそれなりに机に向かって遊んだりはすることでしょう。
お絵描き、工作、読書、それから取り組むという意味でレゴや積み木など、人形やままごと遊びでもそうです。
それらの遊びと、ある程度長い時間向き合えるのであれば、あえて「勉強である」必要なんてないですよね。
それとも、あえて忍耐力をつけるために「勉強である」ことがベストと言いたいのでしょうか。

嫌なことはガマンするものではなく、嫌なことの中にも楽しみや面白さを見つけられる能力のほうが、生きていくための力につながるのではないでしょうか。
それこそ、私はガマンなんてのは受験のときくらいでいいと思うのですが。

誰に向けられたわけではないですが、えらく辛口になってしまいました。

学習」と「勉強」、ほぼ同じ意味だと思いますが、日常使う場合にニュアンスがちょっと違うようにも感じられます。
「勉強」のほうが、学問に特化された、狭義の意味といった感じしょうか。
だとしたら、私は「学習」のほうのニュアンスを大事にしていきたいと思うのでした。
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